2006フィリピンピースサイクル報告

平田 一郎
 2月24日、ピープルズ・パワー記念日のこの日、アロヨ政権は、数千人のデモ隊が国家警察と衝突するなか、国軍の反乱があるとして国家非常事態を宣言した。
 また、左派系国会議員やNGOリーダー、労働組合役員をも、国家転覆罪容疑等で逮捕した。
 これより先、ミンダナオ島でのバリカタン(“肩と肩を組んで”作戦)米比合同軍事演習がすでに、2月20日前後から開始されていた。この作戦は演習とはことなり、外国軍の基地と軍事行動を禁止しているフィリピン国憲法にも違反していると批判されながらも、今年は、5万人から10万人といわれる大規模な実地作戦となった。
 国軍の反乱情報に対しては、もちろん米軍はミンダナオ島以外にも、3箇所の司令部を設置し、反乱に「独自に」(かってに)対応した。バリカタン06演習終了後も、ルソン中央部で独自の訓練を実施していると伝えられた。
 さらには、昨年11月1日スービック基地元米海軍基地で、23歳の女性がレイプされ、犯人4名(沖縄基地からの海兵隊)が、フィリピン司法当局に拘束されず、米大使館に保護?されているという状況があった。この犯罪米兵はそれでも軍事演習には参加していると伝えられた。
 さらに昨年12月、コーディネート団体であるKPD(国民民主同盟)に所属する、バターン支部事務局長(女性)が殺害され、06年1月、2月と続けて農民リーダー、青年活動家がバターン州で殺害されるたという事態があった。
 それでも、いや、だからこそ、国家非常事態宣言が発令されてもフィリピンでは株価は下がらなかった。


 騒然とした情報のもと、06フィリピン・ピースサイクルが3月2日の記者会見からスタートした。
 今年のテーマは「アメリカの対テロ戦争こそ、最も危険なものだ!」、「日本軍「慰安婦」被害者に正義と補償を!」「超法規的殺害反対!」などである。
 マニラから北東方面に車とサイクリングのキャラバンで繰り出した。目指すは、旧日本軍が集団虐殺、集団レイプをした、カンダバ町のマパニケ村に被害者団体、マラヤロラズを訪ねた。町に入るとカンダバ町長さんは交通整理の白バイ(警察とは異なる交通当局)で先導してくれ、サイレンの音がうるさくも、にぎやかな到着となった。村で集団虐殺があった小学校内の記念碑を訪問、ろうそくを灯し犠牲者に冥福を祈った。日本軍がほぼ全員の村民を校舎になげこみ殺害した。その妻や娘さんたちが集団レイプに対して日本政府に正式な補償と謝罪を要求している。すでに10数名が亡くなっている。私たちは97年ごろからロラネット三多摩を結成して、フィリピン人「慰安婦」被害者の裁判の支援を続け、交流を重ねてきた。今後の支援交流と、日本政府への責任の追求を約束した。小学校の記念碑には、単なる被害者ではなく、民族の英雄として、犠牲となった人々への碑文が刻まれている。
 夜の交流会はマラヤ・ロラズ代表のロラ・リタさんの司会で始まった。日本での「慰安婦」問題解決法案へのとりくみを説明し、また同行してくれたフィリピン人女性弁護士が、日本政府の責任逃れの論拠、日本軍「慰安婦」裁判での日本の裁判所の判決論拠などを説明した。ロラ(フィリピン語で尊敬の意味のおばあさん)たちからは、自分たちと同じ被害者をつくらないように、また一刻もはやく補償をするようにとの要請があった。
 昨年、日本に来てもらい、三鷹集会や広島集会、原水禁広島大会等で証言をしてくれたロラ・キナンさんの家に全員が泊めてもらった。
 翌日は、カンダバ町長への表敬訪問。町役場を訪ね、「平和の最大の元凶はブッシュの対テロ戦争だ!」と記した記念プレートを手渡した。近くの小学校のひろい運動場で、カンダバ市の老人会の女性たちに来ていただき、町長の司会でフォーラムを開いてくれた。このカンダバ町は、マパニケも含めてフクバラハップ(抗日武装戦線)の根拠地の一つでもある。勇敢な町や村の勇敢な英雄たちの家族がまだ生きている。反戦活動の先輩たちなのである。町長さんは、被害者への謝罪と補償実現のため、フィリピンの議会でも日本政府への決議を急ぐようフィリピンの国会議員に手紙を書くと約束してくれた。
 もちろん私たちも、反戦のとりくみと戦争被害者への謝罪と補償実現のため日本でとりくむことを述べた。
 日本の関東で言うとちょど大宮市(埼玉市)にあたるのがサンフェルナンド市である。表敬訪問は、フィリピン独立のパンパンガ州の女性英雄の記念公園で行われた。昨年も顔をあわせた市長秘書室の方が、横断幕を掲げて歓迎してくれた。昨年亡くなったアポ・イタンさんの生前の、毅然として日本政府に謝罪と補償を要求し、二度と同じ被害者を生み出さない決意の大演説のVTR、そして慰安所の日本軍の犯罪と被害者たちがおおきい「旭日旗」をバックにして演じるVTRを見せてくれた。このVTRはサンフェルナンド市当局が作成したものである。
 パンパンガ州にぽつんと立つアラヤット山のふもとでも、小学校を舞台にした、集団虐殺と日本軍性奴隷の被害者団体、ロラズ・カンパニェラのおばあさんたちと交流アラヤット町表敬訪問。だんだんとサイクリング参加者が増えてきた。二十数名。みんな親切にサポートしてくれる。
 アンヘレス市では、マルコス独裁政権時代にもまして多数の犠牲者・不明者をだしている「超法規的殺害」フォーラム。実に多くの活動家、弁護士、ジャーナリスト、TVラジオコメンテーターまでが次々と殺されている。陸軍のパルパラン将軍がこの殺害を進めているという。もちろん犯人は覆面。私服で2人組、バイクに乗ってきて発砲する例が多い。
 非常事態宣言下、クラアーク基地ゲート前を通過。車に張った横断幕宣伝。
 5日目が最後のスービック基地訪問。ゲートのある橋のたもとまでデモ行進。昨年のスービック・レイプの犯罪海兵隊員4人をいき渡すこと、基地こそ犯罪の発生源であり、私たちは今沖縄で、あたらしい海兵隊基地建設に反対していること、戦争のための日本国憲法に反対していることなどをアピールした。
7日には、リラ・フィリピーナをロラズ・ハウスに訪問。翌日の「国際婦人デー」の動因のため、この日は被害女性のおばあさんたち(ロラたち)は2人だけだった。日本での春の国会に、7度目の提案として、日本軍「慰安婦」被害問題解決法案が提出予定であること。この実現のために今後も努力し交流と支援を続けることを約束した。
 8日午前、KPDの独自隊列で、スービック・レイプ犯人引渡し要求デモに参加。アメリカ大使館に向かった。そこに4人の犯罪米兵がかくまわれている。デモは200人。大使館のずっと手前で国家警察の車両と警官隊に阻止された。道を開けるよう女性弁護士を先頭に路上集会。このあと主催者発表3万人の国際婦人デーのデモに参加。幾人かのなつかしい人々に再会。
 国家非常事態宣言は3月3日に解除されたが、3時間後に地方放送局のアンカーを勤めるニュウースキャスターが4人組に誘拐された。「超法規殺害」は続いている。国家反乱罪で国会議員その他がいまだに逮捕の危険にある。
 今回私たちは、在日米軍再編強化、自衛隊との司令部統合などをかかえて、ピースサイクルを行った。日本での再編状況を十分に伝えられたかどうかわからない。しかし沖縄からの海兵隊が5万人から10万人も動員するVFA、米比軍事訪問協定−随時訪問協定による軍事演習で米軍はほとんど自由にフィリピンに上陸し、参加者数も正確に公表しない。また、必要に応じて米軍司令部を好きなところに設置している。犯罪米兵もフィリピン警察に渡さない。これらのことが有事体制の問題として身近に感じることができた。
 これらの沖縄出身の米海兵隊員の犯罪者たちは、いずれ自由に沖縄に帰り、沖縄で同じ犯罪が繰り返されるのはまちがいない。何万人もの海兵隊がフィリピンを舞台にして作戦を行っている。沖縄の海兵隊基地があればこそである。
 日米安保条約と地位協定のもと、昨年から、沖縄でのタクシー強盗、横須賀での殺人強盗、東京都八王子市での児童ひき逃げと、すぐに逮捕できない。あるいはずっと逮捕できない状態が続く。「アメリカの対テロ戦争」は兵士の犯罪をひろげてとどまるところをしらない。イラクの国際法違反の軍事占領と泥沼戦争からアメリカは引き上げるすべを失っている。自衛隊も同様である。
 このうえ横田、横須賀、厚木、座間、岩国その他多数の地域が、沖縄同様、米軍の自由使用の対象になろとしている。現在の米軍強化、自衛隊合同をしっかり見つめ反対していきたい。了